私が私に帰るまで

私が私を、あなたがあなたを、思い出すためのブログ

あなたは幸せになることができます

少しずつ慣れてきて、疲れの溜まった仕事の帰り道。
ふぅと一息ついて広げた本のページから目に入ってきた一節をご紹介します。

 

必要な人に届きますように。

 

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「まるで子供が成長して服が小さくなるように、あなたがオレンジレッスンで新しく選んだ考え方と行動も、将来はきゅうくつになることだってあるでしょう。それでいいんですよ。順調なのです。そのときは古いパターンを手放して、また新しい行動を選べばいいんです。いつも新しい自分に似合う服を新しく選び直せばいいのです。

 

あなたが今よりもっと幸せになることができると信じる限り、あなたは幸せになることができます。でも未来ではそれよりももっと幸せな人生を思い描くことができるのです。

 

こうやって無限に幸せは広がっていきます。だから、この旅に終わりはありません。永遠に続く幸せの階段を一歩上がるごとに幸福は増して、あなたは喜びに満たされていくでしょう」

 

(『オレンジレッスン。』著書:犬飼ターボ)


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「その時になったら分かる」という安心の中に生きよう

「子供のころ、どうして焼肉屋さんでお肉じゃなくて野菜を頼むのか分からなかったけれど、むしろ今は野菜も食べたいなって思うから不思議だよねぇ」

 

そんなことを話しながら、焼肉としゃぶしゃぶ、両方食べられるお店にてパートナーとお鍋をつつくーー

 

子どものころには分からなかったけれど、大人になったら分かったこと、たくさんあると思います。

 

どうして大人は食事のときに温かい飲み物を飲むのか
どうして大人は歩きづらそうなハイヒールを履くのか
どうして大人はコーヒーをおいしいというのか…

 

子どものころに分からなかったことも、気づいたら分かるようになっている。
それが自然な流れなのだと思います。

 

そしてそれはきっと、

子どものころの分からなかったことだけではなく、大人になってからの分からないことも同じで、


いつか気づいたら、その時がきたら、

分からないことも分かるのだと思います。

 

だから、子どものころと同じように、
分からないことはふわっと分からないままにして、
「その時になったら分かる」
という安心の中で生きよう。

 

分からないことを恐怖に感じ、なんとかして分かりたいと焦り、分からない対象に対して感じる怒りを少し置いておいて、
いつか分かるからと安心しよう。

 

分からなくても大丈夫。
いつか分かるから。

 

いつまでも分からなくても大丈夫。

子どものころ、大人がコーヒーをおいしいと言う理由が分からなくても何にも起こらなかったのと同じで、
分からないままでも、何も起きないから。

 

分からないことが怖く感じたら、
ふーっと深呼吸して、自分に呟いてあげたいと思います。

 

分からなくても、大丈夫だよって(^^)

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今、会える喜び

2016年の末、祖母の家にみかんを取りに行きました。

 

毎年恒例のみかん狩り。
離れたところに住む祖母に家族みんなで会える大切な時間です。

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祖母は歳を重ねて、同じ話を繰り返すこともちらほら。

その中でもよく繰り返していたのは、
「来年もみかんを取りにみんなで来てな」
と、いうこと。

 

私がいることを喜び、会えることを待ち望んでくれる人がいるーーそう感じるだけで、普段の悩みがちっぽけに思えてくるから不思議です。

 

帰り際に握った手からは、あたたかさとやさしさが伝わってきて、涙が出そうになりました。

 

(……来年もきっと、会いにくるからね。)

 

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取ったみかんは段ボール6箱にも。

 

世界は今日もあたたかくやさしい

世界からうけとったいつくしみを次の誰かに伝えたいーーそのための練習として、ブログをはじめました。

 
私は昔から
「何もできない自分では、世間に受け入れられない」
という恐怖心を抱いていました。
 
「勉強や仕事のできない自分は、私ではない」
とも、思っていました。
 
そんな私が最近、少しずつですが世界からの愛をまっすぐに感じ、
そして、
「何もできない自分でも、愛される私でいていいのだ」
と、気づけるようになりました。
 
自分が愛されることを許せるようになると、
世界がとてもやさしいものになりました。
 
そんな世界のやさしさを、
世界はやさしいものだよと教えてくれたいつくしみを、
このブログを通して、次の誰かに伝えられたらいいなと思っています。
 
…そんなことを書きながら、
これを読んだ人がどう思うかなという恐怖も感じている私…
まだまだ世界のやさしさを信じ切れていないのぅ(笑)
 
それでも、世界は今日もあたたかくやさしいということを信じ続けたい。
 
信じ、続けるぞう!